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カウンター越しに面と向かって「おいしい」といっていただけるのが何よりの喜びです。だからこそ、接客にも最大限の気配りをしています。たとえば、お客さんがすし店にあまり慣れていないようであれば、こちらから緊張がほぐれるように話しかけるようにしています。店ですしや料理を味わう時間が楽しいものになるように演出することもまた、すし職人の大切な仕事のひとつだと思うのです。
もちろん、こういった気配りは予約のお電話をいただいた時点からはじまります。ご新規さんであれば食べ物の好き嫌いやアレルギー、さらには用途などに関してできるかぎり伺い、当日に向けて最善をつくすようにしています。
すし職人としてのやりがい

最初は実家のすし店で働きはじめましたが、それだとどうしても甘えが出てしまうので、6年くらい修行した後に外に出ることにしました。それからは4年ほどすし店や和食店などで働いたのですが、あらためて料理の世界の厳しさを思い知らされましたね。父も細かく指導するタイプではなかったので、外に出たときに自分の未熟さをなおのこと痛感し、とにかく必死になって先輩たちに食らいついていきました。なにせ包丁や魚の扱い方ひとつとっても、自分とはレベルが違う世界でしたから。でも、その分だけ刺激も多く、毎日、クタクタになりながらも楽しんで仕事に向き合うことができていたように思います。
そんな最中、人生の転機に直面しました。妻が子どもを出産した直後に急性硬膜下血腫で倒れてしまったのです。そのときは勤めていた会社(すし店を経営)から10日ほど休みをもらい、付きっ切りで看病しました。おかげさまで命に別状はなかったのですが、後遺症(左半身の麻痺)が残ることになり、私としても妻や子どものことを考慮し、ある程度、自分の裁量で働ける環境をつくらなければならない、という思いを強く抱くようになりました。
そんな折、勤め先の会社が四谷三丁目の交差点で経営していた立ち食いずし店を手放すことになり、私に「その店を居抜きで使って開業したらどうか」といってくれたのです。まさに渡りに船のタイミングだったので、すぐにその話に乗り、「鮨 和さび」を開業することになったのです。
修行中のエピソード

現状を疑い、つねに進化を求めつづけることが大切だと思います。もちろん、先輩たちの教えは素直に聞き、その技術を習得するにこしたことはありませんが、その後ではたしてそれがベストなのかを自問すべきだと思うのです。そういった心がけをしていれば、つねにより良いものを取り入れながら成長することができるし、お客さんを飽きさせないすし職人になれるはずです。私もつねに自分の〝仕事〟を疑いながら、日々、精進するようにしています。